長野の高橋氏

      2008/01/07

終電間際、疲れた体を引きずり会社から駅までとぼとぼと歩いていると、ベージュのマークIIが運転席の窓をウィーンと開けながら俺の横で止まり、中から「ちょっとすみませーん」と声が。

「道を聞かれるのかな?」と近づくと、スーツの男が中に2人。助手席の男は顔が見えず。運転席の男は小太り、角刈り、ノーネクタイ、金のネックレス、銀縁の眼鏡。年齢40歳くらい。こう書くとヤクザ風だが、そうではなく、柔和で人なつこい営業マン風。その運転席の男が話しかけてくる。

「すみませーん、あの、道に迷ったんじゃないんですけどもね」

「はいはい、何ですか?」

「これ、貰っていただけないかと思いまして」

「え?くれる?」

彼が取り出したのは、化粧箱に入った金の腕時計ペア。その化粧箱を俺に押しつけ、さらにネックレスの入った化粧箱を取り出し中を見せる。とりあえず箱は豪華。

「いやね、今日展示会だったんですけど伝票間違えちゃったりして、これ、持って帰ると私ら、めちゃめちゃ怒られちゃうんですよぅ。道端に置いておくのも何なので、良かったら持って帰っちゃってください。これ、ほんとにあげちゃいます。あ、もちろんホンモノですよぅ、プラチナです、ほら。 」

男は快活な笑顔で、時折り気弱そうな表情も見せながら人なつこそうに喋る。東北訛りがある。 いずれにせよ、箱の中身はまがうことなき100%無垢のバッタもんである。

「え?いや、あの、あげるって言われてもね、高いもんなんでしょう、これ」

「あ、ちょっと気持ち悪かったですかぁ?はっはっは。いやいやいや、別に怪しい者じゃないんで、私。名前なんかどうでもいいとは思うんですが」と、言いながらが名刺を見せる男。クシャってる上、何やらボールペンで書き込みがある。まがうことなき100%無垢の、他人の名刺である。

「長野の高橋といいます !」

「あ、そうですか」

「趣味じゃなければ、彼女とか友達にプレゼントしてくださいよ。いいものですよ、これ、ね?」

思わず手にとってしまった時計の化粧箱の上に、さらにネックレスの化粧箱を置かれてしまう。

「でね、僕のミスでこんなことになってしまったんですけど、ね、これかなり高いものなんでね、言いにくいんですけどもね、僕らの飲み代くらいいただけたらな、と思うんですよ」

「え?飲み代?」

「はっはっはっ、いやいやいや、僕らもね、ミスしてへこんでるんだしそれくらいは」

「飲み代って幾らくらいなんですかね?」 ナチュラルに、ピュアな質問をしてしまう俺。

「え?幾ら?あの、幾らって、あの、金額ですか?いや、幾らって言われてもね、金額っていうか、あれなんですけどね。これくらいとかそういうつもりではなくてね、はっはっは」

その時ちょうど、向うから一杯ひっかけたイイ感じのサラリーマンが一人でヨタヨタとこっちへ歩いてくる。

「僕よりあの人に貰ってもらったほうがいいんじゃないですかね、ほら、腕時計持ってないですよ、たぶん。僕ちょっと聞いてきますよ!」

「あっ、あっ、あのちょっとちょっと待って」

「はい?」

「いや、僕らもね、飲み代くらいは貰ってもいいかな、なんてちょっと思っただけで」

「でも僕これいりませんよ」

「え?どうしてですか?パっと見ても分かると思うんだけど、けっこう高いですよ、これ」

「僕のカバンいっぱいだし、入らないですよ、これ」 箱を突き返す。

「それに、腕時計は持ってるし」

「ああ、そうですね。残念ですが、それでは」

えー?こんなのに引っかかる人っているの?初心者の腕試しかな。それでも、俺が大阪弁を発した瞬間に何かを感じとってほしかったです。

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