笠井潔「青銅の悲劇 瀕死の王」
知らんまに笠井潔「青銅の悲劇 瀕死の王」が出てた。矢吹駆シリーズ。この連作は全て読んでるので、買わないわけにはいかない。772ページ。4日かけて読了。
70年代後半のパリを舞台に、謎の日本人留学生ヤブキカケル(元左翼の闘士、チベットの山奥で修行の後、パリ大学哲学講座の聴講生)が現象学的直感を武器に難事件を解決しつつ、ヴェイユ、ハイデガー、フーコーなど実在の思想家、哲学者をそっくりそのままモデルにした登場人物と思想対決を行ない、さらに謎の秘密結社の首領ニコライ・イリイチと暗闘する、というシリーズであるが、本作は「日本編」ということで、これまでの作品とはかなり趣を異にする。
舞台は1988年の日本。タイトルの「瀕死の王」とはもちろん昭和天皇。'80年代はちょうど私の多感な10代に重なるので、たっぷり感情移入して楽しく読めるわい、と期待したのですが・・・あにはからんや、ウザい全共闘史観によるポストモダニズム批判がそこかしこに炸裂。これがマジに作者の個人的な呪詛に終始し、はっきり言って醜悪。明らかに蓮見重彦をモデルにした人物をケチョンケチョンに描いたりして。
とはいえ、「本格」探偵小説としてはかなりの出来であるし、ファンサービスがかなりゆきとどいているのでカケルシリーズ読者としては満足できるのでは。少なくとも、前作「オイディプス症候群」よりは。日本編は、本編である「ヨーロッパ(パリ)編」のメタレベル批評としての機能も持たせていくつもりかな。さすがに、初期3部作(「バイバイ、エンジェル」、「サマー・アポカリプス」、「薔薇の女」)+「哲学者の密室」ほどのクオリティはもはや期待できないが、今後も楽しみ。