大映ドラマ + ロードレース 斎藤 純『銀輪の覇者』

      2007/11/10

銀輪の覇者 上 (ハヤカワ文庫 JA サ 8-1) (ハヤカワ文庫 JA サ 8-1)立て続けに、自転車ロードレースを題材にした小説が出た。斎藤 純『銀輪の覇者』と、近藤史恵『サクリファイス』だ。前者は文庫化、後者は書き下ろしの単行本。ツールやヴエルタにあてこんでの発売であろうが、それだけ日本でもロードレースへの関心が高まってきたということだろう。

銀輪の覇者』の舞台は、昭和9年の日本。ナチス・ドイツが台頭し、日本でも軍国主義傾向強まってきた時代。それまで人気スポーツであったプロロードレースも、国家主義的なオリンピック政策によってアマチュア化が押し進められ、下火になっていく。

そんな中、突如として前代未聞の計画が持ち上がる。「大日本サイクルレース」。500人が参加する、日本史上最長 本州縦断1,000km超のプロ・ロードレース。使用する自転車はロードレーサーではなく、実用車。主催者は詐欺師と噂される人物。多額の賞金。参加するのは経歴不詳の者ばかり。そのレースに参加する主人公は、父親の復讐に燃えるフランス帰りの元ブルジョアにして現紙芝居屋。

この設定だけでもかなり盛り上がるが、ここに新興宗教団体やらフランス人記者やら自転車メーカーやら恋の鞘当てやらヒトラーの陰謀やら日本陸軍や特高やら殺人犯やらが絡んでくるのであるから、サービス精神は満点と言わざるをえない。そして、ストーリー展開も人物造形も各種イベントも、これ以上ないくらいベタベタである。例えていうなら、往年の大映ドラマ。階級格差による悲恋、いつまでも引っ張る謎の男、没落ブルジョア、左手指を折られたチェリスト、生命を賭した自己犠牲、人気歌手の過去、結局最後は全員善人、などなど。

しかし、かように過剰な演出も、ひたすら淡々と風の中を突き進む自転車レースをくっきり浮び上がらせる為の道具にすぎない。レースの描写は時代考証も含め素晴しくリアルであり、自転車レースの楽しさが凝縮されている。しかもけしてオタク的なものでなく、自転車レースを観たことがない人でも手に汗握るのは必至。当然、自転車ファンにとっては必殺のエンタテイメント小説だ。

近藤史恵『サクリファイス』については、次のエントリ

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